「アンテオケ教会―海外宣教の基地」 使徒の働き11章19~30節
紀元1世紀頃、シリア州の人口80万都市の中に誕生したばかりの小さな教会、「アンテオケ教会」は最初の本格的な異邦人教会、最初の海外宣教の教会、最初に弟子たちが「キリスト者(クリスチャン)」と呼ばれるようになった教会として、教会の歴史において、その占める位置は大きいものがあります。特に世界宣教の拠点、基地として教会の果たした役割は私たちの記憶から消えることはありません。アンテオケ教会は設立当初からすでに世界宣教、海外宣教に備えられていた教会でした。その教会の特徴は、第一に国際色豊かな都市(ギリシャ人、シリア人、ローマ人もユダヤ人在住)にふさわしく、自由で開放的な教会でありました。第二に信仰的にたくましく成長する教会でありました。多くの回心者が起こされ、霊的ないのち、信仰のいのちのたくましさがありました。第三によく訓練された教会でありました。教会は神の言葉の知識に基礎づけられた土台の上に建て上げられなければなりません。アンテオケ教会では、バルナバとサウロ(パウロ)が一年間教会員を教え、訓練しました。その結果神の言葉を通して神のみ心を知り、宣教の情熱が燃え上がりました。第四に、キリストを証する教会でありました。このアンテオケで初めて弟子たちがキリスト者と呼ばれるようになりました。(使徒11:26)アンテオケ教会は圧倒的に異邦人が主流を占め、全信徒の熱心な証によって、ぐんぐん成長しました。信徒一人一人が至る所でキリストを証したのです。それが世の人々の注意をひき、評判となって「クリスチャン(キリスト党)」とあだ名されるまでになったのです。第五に、惜しみなく捧げる教会でありました。アンテオケ教会の兄弟姉妹たちは、エルサレム教会が非常に困っていると聞き、早速支援するために、計画的な献金集めに惜しみない心をもって一致して当たりました。それができたのは、彼らの献身が本物であったからです。しかし何よりアンテオケ教会がこのような教会であり得たのは、誕生したばかりの小さな教会にあふれている「神の恵み」でした。ギリシャ語で「恵み」と「喜ぶ」は同じ語根から出来ています。「恵み」のあるところにその当然の反応として「喜び」が生まれます。「恵み」を見出すことさえ出来れば「喜び」が必ずついてくるのです。「神の恵み」によって一つの主の群れが生まれ、信徒がその「恵み」を実感して生きている教会は、必然的に「喜び」があふれます。そこに「主の教会」が存在し、教会は「神の恵み」によってだけ立ちもし倒れもするのです。 アンテオケという古代都市は、今はアンタキエという名の小さな町になっております。しかしかってその町に存在した小さなキリストの教会がこの町の存在を教会の歴史の中に知らしめ、今なお、この町の存在意義を支え続けております。この守山キリスト教会も現代のアンテオケ教会として、主の恵みのあふれる教会として守山区の地に固く立ち続けることが、この町の歴史的存在の意義を与えることになることを覚え、「神の恵み」に生き、みなが心を堅く保って常に主にとどまっている(使徒11:23)教会でありたいと願います。
「主に愛される人として」 ヨハネの福音書11章1~6節
人はその存在そのものによて、自らを語り、現すことがことができます。ラザロがまさにその人でありました。 マルタ、マリヤの兄弟として、エルサレム郊外のベタニヤ村でイエスと親しく交わり、死からよみがえらされたものとして、ヨハネの福音書は印象深く描いております。 そのラザロですが、マルタやマリヤが主イエスとの会話や積極的な行動について記されているのに対して、ラザロが何を語り、何をしたのかということについては、何も記されていないのです。彼が主イエスにしていただいたことや他の人が彼について語ったり、したことだけが記されているのです。そんな彼をヨハネは、「主よ・・・あなたが愛しておられる者」(ヨハネ11:3)という一言で表現しました。「ラザロ」と言わないで「あなたが愛しておられる者」が病気ですと、わざわざ言い換えているのです。そして11節では「わたしたちの友ラザロは眠っています。」と主イエスは言われております。「友」と訳されているのが3節の「あなたが愛しておられる者」と同じ言葉なのです。ヨハネのように「あなたの弟子のひとり」とかあるいは「あなたを愛する者」ではなく「あなたが愛しておられる者」と呼ばれているのです。「あなたがこれまでずっと最愛の友として愛し、喜んで恵みといつくしみを尽くしてこられた者」とう意味です。それはラザロが死んだ時、主イエスは涙を流されました。それを見た周囲のユダヤ人たちは「ご覧なさい。主はどんなに彼を愛しておられたことか。」(ヨハネ11:35~36)からも、主イエスがラザロをどんなに深く愛しておられたかがわかります。つまりここでは、キリストに対するラザロの愛ではなく、ラザロに対するキリストの愛が強調されているのです。ラザロが何を語り、何をしたかではなく、ラザロの存在そのものの重み、尊さを語っているのです。私たちは人生の営みの中で、何をしたかということも大切ですが、ラザロのように、神からも人からも愛される人間として存在している生き方も大切なことではないでしょうか。「愛される人」になる。その事だけでも立派な奉仕であり、周囲を和ませ、励まし明るくさせる意味のある生き方なのです。
「父であることの重さ」 サムエル記第二18章24~33節
聖書のエペソ人への手紙6章4節には、「父たちよ。あなたがたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい。」とあります。このみことばの前で、私たちは、なんと父親であるということは、重い存在であろうか。誰が完全な父親でありえようかと戸惑う方が多いのではないでしょうか。かえって子どもの思いを受け止め、理解し、導いていく父親の役割を果たすことができず、子どもをおこらせてしまうというのが、私たちの実情ではないでしょうか。ダビデ王は、そんな父親としての苦しみを経験した人でした。それが本日の聖書の箇所「わが子アブシャロム、わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。」(第二サムエル18:33)というわが子アブシャロムの死を嘆く言葉に全て言い尽くされております。アブシャロムとは異母兄弟であるアムノンが、異母妹タマルを辱めてしまうという事件(第二サムエル13章)をめぐって、タマルと同じ母を持つアブシャロムと父ダビデとの間に溝ができてしまいます。父ダビデはこの事件について「激しく怒った。」とありますが、何もしなかった。そのためアブシャロムはアムノンに復讐し、異母兄弟の弟が兄を殺すという悲劇が起きました。人類最初のアダムの家族と同じことが繰り返されたのです。アダムの罪がアダムにとどまらず、その子供たちに引き継がれ、ダビデの罪は、その子供たちに受け継がれていった。ここに人間誰もが負わされており、誰もが負わなければならない罪のきびしい現実をみるのです。アブシャロムは父ダビデの顔を避けて、3年の間逃避行を続けます。その後、エルサレムに戻り、父ダビデと表面的には和解したかのように見えましたが、一度崩れた親子の絆は元に戻ることはなく、父親への不信感、怒りは、父ダビデへの謀反となって表面化します。最後はダビデの部隊によって不慮の死を迎えるのですが、またしてもダビデは、アムノンに続いて自分の子どもの死に対面することになります。怒りと悲しみとの混じった「わが子アブシャロム。わが子よ。」というダビデの慟哭は時の流れを越えて、国の境を越えて、すべての父親の心に届いてきます。 父親は子供にとって面倒な存在であります。時には嫌がられ、それでいてあるべき理想的な姿が求められております。求められていながら父親はその要求の前にどうすることもできない。しかしなくてはならない存在であります。それは、私たちが、主の祈りにおいて、「天にまします、われらの父よ。」と神を父と呼びかけることが求められておりますがそのことと深い関係があります。父親として子どもと関わることの全てが、この神を父とすることから始まるのです。あのルカの福音書15章11~12節に描かれている光景は、放蕩息子を父が迎え、抱きしめる姿であり、母は登場しません。父が出て行かなければならないのです。父親の登場です。どんなにだめな父親でも、この父なる神の赦しにあずかり、父なる神から託された存在、それが父親であります。そこに父親としての存在の重みがあるのです。
「主の恵みを告げるために」 ルカの福音書4章14~30節
主イエスの公生涯は、ガリラヤから始まりました。主イエスは御霊の力を帯びて、ガリラヤに行き(ルカ4:14)神の国の福音を宣べ伝えられると(マルコ1:14)、その評判は周りの地方全体に広まり、全ての人々の尊敬を受けられました。まさに「ガリラヤの春」のように花咲き、実をつけていったのです。ところが、ご自分のお育ちになられたナザレに行かれますと、その評判と評価は一変するのです。主イエスはいつものとおり会堂に入り、聖書を朗読し、話し始められました。人々は主イエスをほめ、その口から出て来る恵みのことばに驚きました。(ルカ4:22)そしてつぶやくのです。「この人はヨセフの子ではないか。」(ルカ4:22)われわれのよく知っている大工の子がなぜ、神の恵みのことばを語ることができるのか。なぜ今、そのような権威をもって神の救いを告げることができるのかと。たった一枚のレッテル「この人はヨセフの子ではないか」という評価が、「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現した。」(ルカ4:21)にもかかわらず、恵みの実現を押しやり、ナザレの人々の心の中に実を結ぶことはありませんでした。人間の心は複雑です。ナザレの人々は主イエスの説教をほめ、喜んで聞いたのです。主イエスのナザレでの生き方や生活にいかなる言行不一致も指摘することはできませんでした。しかし主イエスの「大工の子」という低い姿につまずいたのです。そこで主イエスは言われました。「どんな預言者も、自分の故郷では歓迎されないものです。」と。このことから私たちは、主イエス・キリストを真に受け入れるということは、あの馬小屋にお生まれになり、私たちと同じように試みられた主イエスの低さを受け入れるということであり、その主イエスの語られるみことばを今日、この時、私たちが受け入れることにより、恵みと救いが実現するということであります。今日、私たちは自由に聖書を読み、礼拝のために集まることが出来ます。しかし、自分に与えられている恵みと神のあわれみは今この時なのだということを覚えたいと思います。『神の恵みをむだにうけないようにしてください。神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。』(コリント人への手紙第二6章1~2節)
「荒野に立ち続けるキリスト」 ルカの福音書4章1~13節
イエス・キリストは、私たちの「信仰の完成者である」(ヘブル人への手紙12章2節)と呼ばれております。その出発点がこの荒野での悪魔の試みであります。「御霊に導かれて荒野におり」(ルカ4:1)とありますように、この試みは神が人としてのイエスを荒野に追いやられ、救い主イエス・キリストへと完成させるための試練でありました。「試み」という言葉はまず、「何かを実現させようと試みる」という意味です。悪魔が主イエスを「試みる」のは、主イエスを神の領域から引き離し、自分の支配下に置いて救い主としての立場を失格させるという、悪意のもとに行われたものでした。従って悪魔の試みは巧妙を極めており、第一の試みに「パンのこと」つまり「食べること」を持ち出したことに見ることができます。40日間何も食べず空腹の限界にある主イエスにとって、今は何よりも食べること、空腹を満たすことが切実でありました。この事態を生き延びるためにもパンの問題は、切迫した課題でした。そこを悪魔は、まず激しく誘惑したのです。さらに悪魔の巧妙さは、これら三つの試みが「神のことば」を根拠にしてなされている点に見ることができます。「神のことば」を根拠にして人々のためになるという装いをもっている、極めて巧妙な試みなのです。第一の試みは、石をパンに変えるということから、どれほどの人が飢餓や貧困から救われるかしれないという魅力があり、第二の試みは、いっさいの権力と栄光を持ち、世界を自由に支配し、世界の人々の救いのために働くことができる。そのために、私を拝みなさいと悪魔は迫ります。第三の試みは「神の力をみんなにわかる形で表してみよ」というものです。主イエスが神の業を奇跡という仕方で成功させることによって、救い主として全ての人々の支持を受けることになるという悪魔の問いかけであります。主イエスは「神のことば」を根拠とする悪魔の試みに対して、ご自身も「神のことば」によって立ち向かいました。私たちの人生を支え導くものは、神の命令であるみことばにあること。(申命記8章2~3節)神から与えられた使命、目的を達成する唯一の道は、生ける真の唯一の神に期待すること。(申命記6章13~14節)神とそのみことばは試みるべきものではなく、信ずべきことであること。(申命記6章16~17節)こうして主イエスは、「神のことば」をもって悪魔の試みを一切拒否されました。このように主イエスは、ご生涯を貫いて「神のことば」を盾として試みの嵐を克服されました。「主ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになる」(ヘブル人への手紙2章18節)救い主として成長し、完成者となられたのですから、主イエスがどんなに同情心に富んだ救い主であるかを覚えましょう。そして私たちはが試みに会う時、助けを求めて主イエスのもとに逃れましょう。また、私たちが悪魔に立ち向かうための大切な武具は「神のことば」であることを覚えましょう。御霊の与える剣である(エペソ6:17)「神のことば」を取って悪魔に立ち向かうことなくしては決して戦い抜くことはできないのです。どうかこのあわれみ深い救い主を自らの経験によって知ることができますように。主イエスは昨日も今日も変わりなく、私たちのこの世の荒野に、共にいます主として立ち続けて下さっているのです。
「神の約束を信じて生きる」 創世記37章1~11節
神の約束の成就の視点から、ヨセフがエジプトへ身売りされる事件を読むならば、これは家族間の対立の結果、生じた出来事ではなく、神のヤコブへの約束の成就のための出来事と理解できる。 ヨセフは兄たちの告げ口をするという癖があった。そして父ヤコブはヨセフを偏愛した。さらにヨセフは二度も自分の見た夢を兄たちに告げた。それで兄たちの憎しみを買い、兄たちに策を練られ、エジプトへ奴隷として売られてしまう。けれども、ヨセフの夢はヤコブに対する約束(創世記35:11-12)の成就の一貫として示されたものであった。つまり、神はこの時、夢を通じてヤコブの家族にご自身の約束を示されたのである。 そして、神はご自身の約束を成就するためにすべてを用いられた。ヨセフの告げ口をする癖も、夢の内容を遠慮なく話すことも、ヤコブのヨセフへの偏愛も、それで兄たちがヨセフを憎んだことも、すべてが約束の成就のために用いられていく。実にこの世で起きる様々な出来事の多くがこの家庭にもあった。しかし、そのすべてが約束の成就のために必要であった。すなわち、約束の成就とは人間の思いとは異なる方法で成就されていくのである。 また、だからこそ、神の民の価値を簡単に私たちは決めることはできない。ヤコブはヨセフから夢の話を聞いた時、ヨセフをいさめたが、最後はその話を批判せず心に留めておいた。ヨセフの話の背後に神の約束を感じたからである。そしてヤコブの態度はその後の結果から判断すると、全く正しかったのである。 私たちも同じである。すなわち、ある人がキリスト者であるにもかかわらず自分たちと異質な場合であっても、その人が約束の民であり、私たちも約束の民であるならば、その人を通じて私たちへの神の約束が成就されていくのである。それ故に、簡単にその人の価値を決めつけることなく、そこに神の御心を見るべきなのである。 かくして、私たち約束の民は、神は必ず約束を成就されることを信じ、その信仰に立って、すべての出来事や人物を理解する必要がある。受け入れ難い出来事が起こり、不可解な人物がいるかもしれない。だが、私たちは信仰の目を開き、その出来事・人物の背後に働かれている神とその約束を見つめることが大切である。そして、理解できないことも信仰をもって心に留め、やがてそのことが解き明かされる時を待つことで神の祝福を受けるのである。
「荒野に向かわれるキリスト」 ルカの福音書4章1~2節
危機というものは、平凡な私たちの日常生活において起こる。その事実を今度の東日本大震災は、生々しく私たちに記憶させました。この危機をどう受け止め、乗り切るか。そのことによって私たちの人生は、右か左か大きく変わっていくのであります。 「荒野の誘惑」と呼ばれている出来事もイエスの公生涯における危機的な状況でありました。イエスは洗礼を通して、神の子としての確信を与えられ、いよいよこれから救い主キリストとしての使命に生きようとされたその時、危機が訪れたのです。ルカはその事を「聖霊に満ちたイエスが、御霊に導かれて荒野におり、40日間悪魔の試みに会われた。」(ルカ4:1~2)と記しました。私たちと違う神の子が、しかも聖霊に満たされた時、この悪魔の最も大きな試みに会われたのです。聖霊により強く扱われる時は、悪魔がより強く働く時だということを、イエスご自身の経験において、私たちにはっきりと示されているのです。では何故イエスは、試みに会わなければならなかったのでしょう。神に等しい神の子が悪魔から試みられることなど考えられないことです。この問いを考える時、想起すべき第一のことは、イエスはまことの人として、罪人のようにバプテスマのヨハネから、悔い改めのバプテスマ(洗礼)を受けられました。そのことは、イエスがはっきりとご自身を人の立場に、いいえ罪人の立場に置かれたということです。この立場は「荒野の誘惑」にも継続され、荒野でまことの人として、罪人の場に立つ者であれば、悪魔の誘惑のもとに置かれるのも当然のことでした。そこで聖霊はイエスを荒野に導かれたのです。それゆえに想起すべき第二のことは、イエスは「最後のアダム(第二のアダム)」(第一コリント15:45)として荒野に導かれているということです。最初のアダムは人類のかしらでありました。最後のアダムであるイエスも人類のかしらです。そのイエスは荒野において敵とただ一人、一対一の戦いをされたのです。最初のアダムと最後のアダム(イエス)の共通するところは、まことの人であり、同じように誘惑に会ったという点です。しかし決定的な違いは、最初のアダムが試みに会った場所はエデンの園でした。そこに、神によって創造された罪のない完全な人アダムが居ました。最後のアダムであるイエスは荒野で試みに会われました。イエスも神によって生まれ聖なる罪なき者として荒野に立たれました。最初のアダムはいかなる欠乏もない、喜びと豊かさに囲まれた満ち足りたエデンの園、一方イエスは欠乏と貧困、飢えに囲まれた荒野におられました。この場所こそ決定的な違いでした。何故荒野なのでしょうか?それはキリストの使命と深く関係しております。今イエスが救い主として出て行かれるところは荒野のような人間社会であります。そこは人間らしさを失い、希望のない人々が「苦しみ、飢えさまよい、苦難と闇、暗黒と苦悩の中にある。」(イザヤ8:21~23)そのような荒野のような世界に向かって、イエスはその人々の救いのために荒野に向かわれるのです。
「日毎の糧といのちの言葉」 ルカの福音書4章1~4節
世の人によく知られている聖書の言葉に「人はパンだけで生きるのではない」というルカ福音書4章4節の言葉があります。旧約聖書の申命記8章3節にすでに語られている言葉です。一般にこの言葉は、人間はパンなどの物質的なものによって生きるのではない。もっと霊的なもの、精神的なものによって生かされるのだと理解されております。またある人達は、「人はパンだけで生きるものではない。それは正しい。しかし、それでもパンがなければ生きられないのだ。」と言います。この聖書の言葉を理解するうえで大切なことは、この言葉は、主イエスにとって切実な言葉であり、誘惑と試みの戦いの中から語られた言葉であるということです。主イエスは40日間何も食べず、空腹を抱えながら、サタンの試みの声を聞かれたのです。主イエスは今、身をもってパンさえあれば救われることを味わっておられます。まさに飢え渇きを体験された主イエスがこの言葉を語っておられるのです。ですから主イエスはここで物質的なものか、それとも精神的、霊的なものか、どちらが大切なものなのかと問うておられるのではないのです。神は私たちの飢え渇きを知っておられ、パンを与えて下さるのです。しかし、あなたがたはわたしの言葉によって生きるのだと言われるのです。神の言葉によって生きるとは、神の言葉を聞き、神によって導かれて生きるということです。「人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きる」(申命記8章3節)主イエスはこの言葉に立ちました。昔、神がイスラエルの民に語られた言葉を、今自分のこととして受け入れられたのです。それはやがてガリラヤで活動される主イエスの伝道の原則となりました。まず、そこで出会う貧しさと病と差別に苦しむ人々に対して、自分がどのような救い主であるべきかをはっきりと示されました。主イエスは貧しい者に食を与え、病める者をいやし、差別に苦しむ者を慰められました。つまりパンを与えられたのです。しかしそれと同時に神の言葉を与え、信仰を与え、罪の赦しと神の祝福を与えられたのです。 さて、荒野の誘惑は、主イエスが勝利し、それで全てが終わりではありません。「悪魔はしばらくの間イエスから離れた。」(ルカ4:13)だけです。やがて十字架を前にして、再び悪魔に同じような試みを受けられたのです。その時、「父よ、みこころならばどうぞこの杯をわたしから取りのけてください。しかしわたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください。」(ルカ22:42)と祈られたのは、パンではなく、神の言葉を選び取られた主イエスの姿を示しています。それは神のみこころである十字架を選び取られた主イエスの姿でもありました。
「母になること、母であること」 サムエル記第一1章1~28節
母になることは主の祝福です。しかし母であることはたいへんです。母になるために思いも心も深い苦悩の中に置かれ、母になって、つらさ、寂しさを味わったのがハンナでありました。ハンナの不幸の始まりは「主が彼女の胎を閉じておられた」(サムエル第一1:5)ことにありました。そのために「ハンナの心は痛んでいた。彼女は主に祈って、激しく泣いた。」(サムエル第一1:10)のです。彼女は「このはしために男の子を授けてくださいますなら」(サムエル第一1:11)と祈りました。ハンナを祈りに駆り立てたものは、ペニンナとのいさかいから抜け出したい。子供さえ与えられれば、自分の恥はぬぐわれ、すべてが解決されるとの思いでありました。その彼女をハンナが主の前に自分の問題を置いた時、主は子供の問題で彼女が正しく考えることが出来るように導かれたのです。子供は親の所有物ではなく、子供は神の賜物として与えられるという意識から、神のもとにある子供の生き方が最善であるという考えに至ります。「私はその子の一生を主におささげします。」(サムエル第一1:11)という主に対する決意が信仰の確信に導かれた時、「彼女の顔はもはや以前のようではなかった。」(サムエル第一1:18)のです。神はハンナに心を留められ彼女は男の子を産みました。そして「私がこの子を主に願った」(サムエル第一1:20)結果、神が与えて下さった子供であるから、その名前をサムエル(神の名はエル)と呼びました。それは彼女が祈った神の力を指したものでありました。 また、ハンナは母であるがゆえに、つらさ、寂しさを味わった女性でもありました。サムエルが乳離れした時、おそらく生後2年か3年ぐらいと考えられますが、祭司エリの所に連れて行き、神に捧げました。幼い子がこの時期に母親から離れて暮らすのは、とても寂しくつらいことです。勿論母にとってはなおさらのことであります。この時期の子供の発達段階、自我形成の過程で母親の果たす役割の大きさを考えると、子供を手放すということは、非常な覚悟がいったと思います。ましてやハンナにとって、たった一人の子供を手離すことは、すべてを失うことで、ハンナには何も残らないのではと私たちは考えてしまうのですが、しかしハンナには神への真の信頼に生きる確かな信仰が残っていたのです。ハンナをここまで導いて下さった神こそほめたたえられる方ではないでしょうか。「こうして彼らはそこで主を礼拝した。」(サムエル第一1:28)サムエル記1章はこのことばで結ばれております。
「ヨセフの子から神の子へ」 ルカの福音書3章23~38節
主イエスが、地上における伝道のみわざをお始めになったのが、およそ30才であったとルカは書き記します。私も神学校を卒業して伝道者として、主のお働きに従ったのが、30才でありました。そのこともあって「30才」という年齢は特別な思いを持っております。30才という年齢は、神様の仕事を始めるのにふさわしい年齢であると考えられる理由があります。一つには人間としての成熟度、そして社会的経験の深さからして一人前として扱われ、社会的責任を果たさなければならない立場に置かれる年齢であります。主イエスは、父ヨセフのもとで30才になるまで、さまざまなことを学び、成長し、成熟されてゆかれたのです。ルカはその事実をはっきり見つめ、「人々からヨセフの子と思われていた。」(ルカ3:23)と書き記したのです。そのヨセフの子から順次さかのぼって、頂点が「神の子である。」(ルカ3:38)となります。これがルカが描くまことの人(ヨセフの子)にして、まことの神(神の子)である、イエス・キリストの系図であります。では、ルカはこの系図を通して、私たちに何を語ろうとしているのでしょうか。第一にそれは、私たちは、それぞれが主イエスに連なる者であるということです。この系図には、有名な人の名前や、無名な人々の名前が書き記される中に主イエスの名が置かれ、その名を記されている一人一人が、主イエスに結びつけられております。アダムから始まって一本の糸が、人類の歴史の中を貫いて主イエスまでつながっている。そのいのちの流れの中に私たちも置かれているのです。第二に、私たちは、一人一人が罪に連なる者とされているということです。この系図の根元にアダムがいるということは、アダムの罪を私たち一人一人が受け継いでいるということです。そのことは、私たちは主イエスの救いを待ち望む者であることを意味しております。それゆえに、パウロは主イエスの名を「第二のアダム」(ローマ5:14)と呼びました。ここに、新しい根が据えられて、私たちは主イエスに接ぎ木され、そこから新しいいのちのつながりが始まるのです。第三に私たちは、一人一人が、神に連なる者とされているということです。「このアダムは神の子である。」(ルカ3:38)ということは、私たちは、アダムからヨセフにいたる人間の罪の系譜を通り抜けて、神に連なる者とされているということです。主イエスはアダムに到る全系列を救い取りながら、その系列を神に結びつけて下さったのです。主イエスは、私たちが持っているアダム以来の血の流れを入れ替えて下さり、新しい血筋が生まれてきたのです。その結果、私たちは、その血筋を辿り直して、「私は神の子であった。」と言える者にされて、自分の家系の最後に「そして神にいたる。」と必ず書くことができるのです。この主から受けた恵みを感謝し、喜びと誇りを持って、神の子として、主の兄弟としての人間の歩みをして参りたいと思います。