「初めの愛に返れ」 黙示録2章1~7節
黙示録2~3章には『アジアにある七つの教会への手紙』があります。今のトルコの西部にあたる小アジア地方には七つ以上の数の教会がありましたが、天からの声は使徒ヨハネに「あなたの見ることを巻き物にしるして、七つの教会、すなわち、エペソ、スルミナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、フィラデルフィヤ、ラオデキヤに送りなさい。」(黙示録1:11)と命じました。「七つの教会」は、全教会の典型を含むものと考えられます。21世紀に生きる私たちの教会もその中に含まれるのです。 エペソの教会は、使徒パウロの第2回伝道旅行の中で、紀元55年頃に3年間の伝道の結果、誕生しました。(使徒の働き19章)パウロのエペソ人への手紙の2章によれば、彼らは「自分の罪過と罪との中に死んでいた者」、「イスラエルの国から除外され」「この世にあって望みもなく、神もない人たち」であったのが、「あわれみ豊かな神」が「その大きな愛ゆえに」「恵みのゆえに、信仰によって救われ」ました。彼らは真の神を知ったことの喜びの中で偶像や迷信を捨て去りました。「七つの金の燭台(教会)の間を歩く方(=キリスト)は、エペソのクリスチャンたちの「行いと…労苦と忍耐を知って」いて、彼らが「よく忍耐して、(キリストの名のために)耐え忍び疲れることがなかった」と称賛・感謝しています。しかし、教会誕生から40年を経過したエペソの教会にもほころびが見えてきました。「右手に七つの星(=七つの教会のリーダーたち?)を持つ方、七つの金の燭台(=教会)の間を歩く方」(黙示録2:1)は、「あなたには非難すべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。」と言われます。それは単なる悪口ではありません。非難のための非難ではありません。愛する教会を立ち直らせ、初めの愛初めの行いを行わせようとする、教会の大牧者・贖い主の愛の言葉です。なすべきことは何か?(2:5) ①どこから落ちたかを思い出し、悔い改める。 ②初めの行いをする。クリスチャンンになった初期の愛と熱心と行いを思い出そう。 キリストの鋭い指摘は、彼らが信仰生活の途中で落後することなく、勝利者として天の御国に凱旋し、「神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べさせ」ていただけるようになることです。この愛の言葉に聞く耳を持ちたいものです。
「真の家族への招待」 ルカの福音書5章27~32節
それはあり得ない光景でした。普段は人の気配もなく、ひっそりと静まりかえり、冷たく暗く、まさに死の家のようなレビの家から、はじけるような笑い声が聞こえてくるのです。家の中では、にぎやかな祝いの席が設けられ、底抜けの明るさが満ちていました。大勢の人々が楽しく和やかに語らい心を通い合わせているのです。「アルパヨの息子レビが取税人の地位を捨てて、ナザレのイエスに従い、マタイという新しい名前もつけてもらい、キリストの弟子として再出発したそうだ。その門出をお祝いして今大宴会が開かれている。レビの家に何が起こったのであろうか。」カペナウムの町の人々にとって、それは大きな驚きでありました。このようにキリストとの出会いは、そこにある種の驚き、衝撃を与えます。先の礼拝で取り上げました中風の人がいやされ立ち上がり、自分の家に帰った出来事が、人々をひどく驚かせ神をあがめ、恐れに満たされて、「私たちは、きょう、驚くべきことを見た。」(ルカ5:26)とルカが記しましたように、レビの身の上に起こったことも、人々に驚きを与えたのです。この衝撃的な出来事は、主イエスが「収税所にすわっているレビという取税人に目を留められた。」(ルカ5:27)ことから全てが始まりました。レビはこれまで誰からも見られたことのないまなざしで、自分が見つめられていることを感じました。さげすみ、軽蔑、裁きの目ではなく、自分を真実にいつくしみ、自分を生かす、今まで出会ったことのないまなざしで見つめられる体験をしたのです。しかも、彼の心が神の方に少しでも向いている所ではなく、収税所にすわって、お金を数えている最中に、これで今日はいくら儲かったかと欲のとりこになっている時、いわば罪を犯しているそのど真ん中にいるレビを見られ、「わたしについて来なさい。」とお呼びになられたのです。「するとレビは、何もかも捨て、立ち上がってイエスに従った。」(ルカ5:28)のです。それは単に地位、名誉、財産を捨てたといった以上に、これまでの彼の考え方、生き方、価値観の全てを断ち切り、新しい人生の一歩を踏み出したことを意味します。この変化はレビにとって大きな喜びをもたらしました。彼はすぐに大勢の人たちを招き、祝宴を開いたのです。レビはここに至って始めて主イエスのお言葉「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」(ルカ5:31~32)の意味をかみしめながら、「そうだ。自分は病んでいたのだ。罪に病んでいた。それを主イエスが治して下さった。私にとって必要なのはこの方であって、この私を招くために主イエスは医者となって、私のところに来て下さったのだ。」その恵みを覚えた時、レビは全く新しい目で自分を見つめ、仲間を見直したのです。そして自分がそうであったように、彼らも主イエスのもとに招かなければならない。その使命のために、レビはマタイという新しい名前をいただき、キリストの弟子として歩み始めるのです。それは、彼が真の神の家族という絆に生きる喜びを味わった時でもありました。
「慟哭の愛 ー ペテロ」 ルカの福音書22章47~62節
ペテロという人物を思い描く時、決まってある光景が浮かんできます。その光景とは、母親の後を泣きながら、必死に追いすがる子供の姿です。自分の思うように事は進まなかった。そこで駄々をこねて座り込み、母親を困らせようとするが、母親は無視して先を歩いていく。子供は泣き声を上げて母親の後を追う。そんな子供を母親は振り返り叱りつつ歩いていく。子供は遅れまいと母親の後を追う。そこには『それでも信じて疑わない母親の愛情に生きる子供の姿』があります。その子供の姿にペテロが重なって映ります。福音書に登場するペテロは激しく泣きながらも、主イエスに従い通した人物でした。ガリラヤで漁師として生きていた無学なペテロがキリストの弟子として全くの別世界に生きることになります。しかし生来の気質は変わるはずもなく、躓き、不信仰、思い込み等、軽薄な言動によって、度々主イエスに叱責を受けます。そして決定的な場面を迎えます。あの十字架の出来事を前にして、三度主イエスを否定するという裏切り行為でした。ルカ22章でイスカリオテのユダの裏切りとペテロの裏切りを同時に並べながら、その結末において、全く違った二人の姿を描きました。ルカは「主が振り向いてペテロを見つめられた」時、「彼は、外に出て、激しく泣いた。」(ルカ22:61~62)と悔悛の涙にくれるペテロを印象深く書き残しました。そのペテロが再び登場するのは「使徒の働き」です。その前半の主人公として初代教会の形成に重要な足跡を残した姿が紹介されております。それからその信仰の円熟、成熟をつぶさに知ることができる「ペテロの手紙第一・第二」を通して晩年のペテロの姿を見ることができます。その信仰は揺らぐことなく、深みを増し、苦難の中にある兄弟姉妹たちへ、慰め励ましを与える豊かな信仰へと高められています。こうして信仰者としての生涯を全うしたペテロの航跡を見ます時に、そこにいくつかの主イエスのお取り扱いがあったことがわかります。『見つめられること』『祈られていたこと』『説得されたこと』です。ペテロはガリラヤ湖で主に見つめられ弟子となりました。その時から主イエスは片時もペテロから目を離されることはなかった。ペテロが自分を裏切ると分かっていた時も「わたしはあなたのために信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。」(ルカ22:32)とペテロに語りかけられました。そして復活された主イエスは、ペテロとの再会で、三度も「あなたはわたしを愛しますか。」(ヨハネ21:15~17)と呼びかけられ、この一人のガリラヤの漁師を説得されるのです。「ペテロよ、私はお前を必要としている。かねて約束した通り、わたしはお前を人間を取る漁師にする。」この時からペテロは主イエスの確かな恵みの手ごたえの中に立ち続け、その生涯を終えたのです。
「主の前に置かれた信仰」 ルカの福音書5章17~26節
この度の東日本大震災で、人々が忘れかけていたある言葉が見直され、掛替えのない言葉になりました。「絆」という言葉です。人々はこの大震災を通して、私たちが「ひとりであって、ひとりでない」ことを、愛する人達を失ったことによって知らされ、また日本全国、世界各国からの援助、支援の手が差し伸べられたことを通して、自分たちは深い絆によって結ばれて生かされていることを肌身に感じ、「絆」の大切さに気付かされたのです。今朝の箇所も、四人の友人たちとの絆によって、新しく生きる喜びを与えられた中風の人の話です。彼らは「イエスは、主の御力をもって、病気を直しておられた。」(ルカ5:17)ううわさを耳にし、中風の人の病気を直して欲しい一心から、主イエスのもとに運び込み障害を乗り越え、結果的にはその目的を果たすことができ、「彼は…寝ていた床をたたんで、神をあがめながら自分の家に帰った。」(ルカ5:25)のです。この絆によって結び合わされた四人の友人たちの一連の行動について、主イエスはそれを「彼らの信仰を見て」(ルカ5:20)と言われました。「かれらの絆を見て」ではなく「信仰」と言われたのです。その理由の第一は主イエスに期待して、前に進ませる力こそが信仰そのものだからです。第二に困難な状況を打開し、今までの経験と知識を越えて、新しい道を示されるところに信仰の姿があるからです。第三にそれは愛の業を生み出すものだからです。彼らが労力を惜しまず障害を乗り越えて、病人を主イエスのもとに置こうとしたのは、何とかして直してあげたいという愛から生み出された愛の業であったからです。そして主イエスが中風の人に言われた言葉に注目しましょう。主イエスは「友よ、あなたの罪は赦されました。」(ルカ5:20)と言われました。中風の人が求めたのは病気のいやしでした。ところが主イエスは罪の赦しを与えられました。「赦されている」という確信は、私たちを自由にし、前向きにします。中風の人はこの赦しの言葉に続いて、「起きなさい。家に帰りなさい。」(ルカ5:24)という言葉によって、「神をあがめながら自分の家に帰った」(ルカ5:25)のです。からだのいやしが神への賛美に結びつくこと、ここにキリスト信仰の特質があります。彼は主イエスとの出会いを通して、神の大いなる恵みの世界が彼の前に開かれました。それは「私たちは、きょう、驚くべきことを見た。」(ルカ5:26)という出来事でもあったのです。まさにこの出来事は「今日」という時間の中での事でした。主イエスとの出会いは、きびしい時間的制約のもとで起こります。それだからこそ、この一回限りの時間の中での決断が大切なのです。そのために教会の働き、私たちの奉仕のすべてが、(Ⅰ)「人々の真中におられるイエスの前に(ルカ5:19)新しい方々をお連れするという使命と、(Ⅱ)主イエスと出会った方々が「神をあがめる」生活へと方向転換するように祈り、支え、導く私たちの責任を覚えましょう。
「真の平和の証人―8月15日を迎えて―」 イザヤ書9章1~7節
敗戦後66年目の8月15日を迎えました。戦後の日本は平和主義を機軸として、国民が心を一つにして国の復興に励んできました。しかし、日本人の平和主義は、戦争はもうたくさんだという平和主義であって、本当の平和を作り上げる視点をなおざりにしてきました。それは戦争を直視し、その歴史にしっかりと向き合ってこなかったことでした。歴史の問題から逃げたのです。そしてバブルがはじけ飛んで、平和主義という意識がどんどん薄れてくる流れの中で、憲法改正の胎動が聞かれるようになり、「憲法九条を守る会」の組織が、またたく間に日本全土に広がりました。ここで私たちは「平和を守る」「憲法九条を守る」ということの意味を考えてみる必要があります。井上ひさしさんは『「平和を守る」「憲法九条を守る」というのは、私たちのいま続けている日常を守ることだ』と言っております。普通に生活し、普通に生きていく幸せを守ることが「平和を守る」「憲法九条を守る」ことなのです。日本は再び「普通に生きていくことの幸せ」が戦争によって奪われないために、新しい「日本国憲法」のもと、平和主義の道を歩んだのです。当時の文部省は「あたらしい憲法のはなし」という冊子を作って子どもたちに配りました。その中に、こんな一節があります。「いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただおそろしい、かなしいことがたくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。」私たちは、憲法九条の精神を世界に知らせる役割が日本に課せられていることを重く受け止めなければなりません。特にキリスト者は、その責任は重いのです。なぜなら真の平和とは何か、平和の意味を誰よりも知らされ、知っているのがキリスト者だからです。「平和の君」なる神の御子がこの世にお生まれになった時、「地には平和があるように」(ルカ2:14)と天の御使いたちは歌いました。キリストは分裂した世界の中で、新しい平和な関係をつくり出し、ユダヤ人と異邦人、奴隷と主人の間の敵意の壁が崩れ去り、キリストは私たちを「平和の道に導く」(ルカ1:77)ことを得させ、「平和をつくる者」(マタイ5:9)としてこの世に置かれました。そのために何よりも、私たちが神との平和な関係に生きる者でなければなりません。そして「平和の君」なるイエス・キリストに従い、平和をつくり出す人、真の平和の証人として生きる者でなければと心より願う者でありたいのです。
「主よ。お心一つで」 ルカの福音書5章12~14節
人は人生のある時点での出会いによって、その人の人生が大きく変えられる時があります。主イエスとらい病人との出会いはまさに、そのような決定的な出会いの瞬間でありました。らい病人は主イエスとの出会いによって、どんな時も人生には意味がある、なすべきこと、充たすべき意味が与えられたのです。しかしそこにはらい病人の主イエスに全身でぶつかる真剣さがあったからこそ、彼は主イエスによって人生に生きる意味を与えられたのです。その彼の真剣さは、彼の行動と言葉に明白にあらわれております。その行動とは、「イエスを見ると、ひれ伏してお願いした。」(ルカ5:12)ことにあります。彼はらい病の故に、差別と偏見の中で社会から退くことを強いられた人生を、これまで歩んできました。しかし今彼は、主イエスを見ると、「汚れていますから近づかないで下さい。」と言って退いたのではありません。主イエスに向かって前進し、ひれ伏したのです。今彼の人生は、前に向かって一歩踏み出されたのです。どこに向かってでしょうか。「主イエスに向かって」であります。 そして彼の言葉「主よ。お心一つで」(ルカ5:12)と彼は主イエスに願い出ます。この言葉は「主よ、あなたがそうしようと欲して下さるかどうかに一切がかかっているのです。」という意味の言葉です。それは自分の疑いも迷いも全て主に委ねて、主のみ心のもとに立つということでもあるのです。徹底的な信頼にうら打ちされた言葉です。主イエスは驚きの目を見張って「ここに信仰がみつかった。」と言われます。また「私はきよくしていただけます。」という言葉にも注目しなければなりません。彼は「いやす」とか「治す」という言葉は使いませんでした。彼は単なる肉体上の問題の解決を求めているのではありません。むしろ宗教的なこと、人間として生きるための必要を求めているのです。当時らい病は、神から呪われているとされ、宗教的に汚れている者とされていました。そのらい病人に主イエスは手を伸ばして、誰もが忌み嫌うからだにさわられたのです。そして何のためらいもなく「わたしの心だ。きよくなれ。」と言われたのです。こうして彼の人生は生きるに値する人生へと変えられていったのです。「それでも人生にイエスと言う。」(ヴィクトール・E・フランクル)と、彼は自らの人生を積極的に受け止めて一歩を踏み出したのです。今この時代、この地球のこの国のこの場所に置かれているということは、私たちに「なすべきこと」「充たすべき意味」が与えられているということなのです。この事をらい病人と主イエスの出会いは、決定的な意味をもって私たちに語りかけているのです。
「違った心を持つ生き方のすすめ」 民数記14章1~9節
旧約聖書の中で大きな出来事と言えば、預言者モーセが、エジプトからイスラエルの人々を脱出させ、約束の地であるカナンを目指して、荒野を旅していくことだと思います。イスラエル民族の大移動です。そこでは様々なドラマがありました。旅の途中で、紅海が二つに分かれた奇蹟。神から預言者のモーセに与えられた十戒。イスラエルの人たちは、神がともにいてくださることを感謝しながら、旅を続けていったのです。その旅のほとんどは荒野を通りました。荒れた土地ですから何もありません。それをご存じであった神は、イスラエルの人々に食べ物であるマナを天から降らせて養ってくださいました。水も与えてくださいました。にも関わらず、彼らは、荒野の生活につぶやき、不平と不満ばかり言っていたのです。 エジプトから脱出して、いよいよ約束の地であるカナンに近づいた頃です。モーセは、12人の偵察隊を遣わして、これから自分たちが行くカナンの地を探らせました。偵察隊は帰ってモーセに報告をします。「私たちは絶対に、約束の地カナンに行くことはできません。なぜなら、あそこには、自分たちよりも背の高い人たちがたくさんいるし、大きな城壁はあるし、戦いに慣れた人たちもいます。私たちが行ったら、殺されてしまいます。どう考えても、カナンの地に入るなんて無理です。不可能です。」と。それを聞いて、イスラエルの人々は失望落胆し、泣き叫んで眠れぬ夜を過ごしました。そして、神が自分たちをエジプトから助け出して下さった恵みを忘れて、自分たちはエジプトで死んだほうがましだったとつぶやいたのです。 しかし、12人の偵察隊の中に、ヨシュアとカレブという人物がおりました。二人はイスラエルの人々に、神様が約束されたカナンは素晴らしい土地だから行こうと言いました。しかし、彼らの声よりも、否定的な声が勝ったのです。その結果、イスラエルの人たちは、40年近くも荒野をさまようことになりました。彼らはゴールを目前にして、神の約束を信じることが出来ず、自分だけの思い、自分だけの考えにとらわれて「もう駄目だ」とつぶやいたのです。その結果、荒野をさ迷い歩くことになったのでした。 私たちはどうでしょうか。人生に襲ってくる様々な出来事に対して、どう応答しているでしょうか、どのような心を持って歩んでおられるでしょうか。神様は、私たちに「違った心を持つ生き方」の大切さを教えています。ご一緒に、聖書の御言葉から神様のメッセージを受け取りましょう。
「信じられなかった愛ーユダの悲劇」 マタイの福音書27章1~10節
ユダの悲劇のすべては、主イエスを裏切ったことから始まりました。この一事は彼の生涯の汚点となっただけでなく、歴史上裏切り者の代名詞として、必ずその名前が使われるという汚名を残しました。彼が何故主イエスを裏切ったのか。その理由、動機は永遠の謎であります。聖書に記されている数少ない、彼に関する記事をつなぎ合わせ私たちはその理由、動機を推測してきました。ある人達は、ユダは思い違いをしていたのだと言います。自分の思い描いていた主イエス像と現実の主イエスの姿の違いの大きさに気づかされ、自分の主イエスに対する期待が間違っていたことを知り、彼は主イエスに失望し、裏切ったという見方です。またある人達は、彼の金銭欲をその理由とします。ヨハネの福音書12章6節には、ユダが弟子たちの会計の仕事を任され、その預かったお金をいつも盗んでいたと記されております。そのユダが主イエスを祭司長たちに銀貨30枚で売り渡したことは、当然予測される出来事でした。またユダの裏切りは、仲間達への嫉妬のゆえだったのではないかと考える人達もいます。ペテロとヤコブ、ヨハネのような主イエスの側近の弟子としての立場が与えられず、仲間外れのような思いの中で、主イエスに対する失望と仲間に対する憎しみが、彼を裏切りの行為へと走らせたのだと見るのです。このように、ユダの裏切りの理由、動機は複雑で謎に包まれておりますが、そこに見えてくるものは、人間というものは相手に対する一方的な期待や願望が失われてしまいますと、結果的に裏切ってしまうという人間の本性の姿であります。しかしユダの悲劇が私たちに重く語りかけているものは、彼は主イエスに失望した以上に、自分自身に失望したということです。ユダは売り渡した主イエスが、罪に定められ死刑に処せられる判決を見て、「私は罪を犯した。罪のない人の血を売った。」(マタイ27:4)と自分自身の罪深さに絶望し、魂の重圧に耐えかねて、自らの命を断ったのです。彼は自分の思い違いを絶対化しました。彼はペテロのように、悔い改めの涙を流し、振り向いて見つめられる主イエスの愛を信じて、従っていくことが出来ませんでした。何故なら彼の魂は閉ざされたままであり、決して主イエスに向かって開くことはなかったのです。 私たちはこのユダについて記憶しましょう。彼は自分の行為を後悔しましたが、しかし救いに至る悔い改めはしませんでした。ユダは私たちの戒めのため、灯台のように立てられているのです。彼のことをよく見つめ、信仰の破船に遭わないようにしましょう。
「人生の深みへの招き」 ルカの福音書5章1~11節
「あなたは人間をとるようになる。」(ルカ5:10)神のことばは、あらゆる時代を越えて、人々の心を捕えてその人を大きく変えていきました。漁師ペテロに語りかけられたイエス様のこのことばは、ペテロの人生を、大きく変えていくのでした。その日ペテロはガリラヤ湖で徹夜の漁をしましたが、何も採れず、疲労と無力感だけが残り、重い気持ちで朝を迎えていました。イエス様はそんなペテロと出会ってくださり、ペテロはイエス様を舟にお乗せすることができたのです。そこでペテロは自分の耳を疑うような、常識を破るイエス様のことばを聞くのです。「深みに漕ぎだして、網をおろして魚をとりなさい。」(ルカ5:4)こんな日中に沖へ舟を出す!漁師なら知り尽くしているからこそ、誰もやらない漁法です。人は自分の経験や体験から得た知識が、その人の自信となり、力となってその人の人生を支えていくものですから、そのために大いに信頼を置くことになります。イエス様のことばはそれら全てを否定するかのように、日中に沖へ舟を漕ぎ出して網をおろしなさいとペテロに語りかけます。ペテロにとっては全く非常識なことばではありましたが、ペテロはそのイエス様のことばにお応えします。「でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」(ルカ5:5)と。その結果、網が破れそうになるほどの大漁でした。今までのペテロの人生で味わったことのない驚くべき出来事でした。神のことばは、夜通し働いても、何一つとれない疲れきったペテロを促し、人生の深みに漕ぎ出させます。圧倒的な神の力の前にペテロは「自分が罪深い人間である」(ルカ5:8)と告白します。そのペテロに、新しい使命に生きるよう、イエス様の招きのことばが再度かけられます。「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。」(ルカ5:10)ペテロは漁師から人間存在の「深み」から多くの魚を得るイエス様の弟子となり、新しい使命への自覚を与えられました。 主イエスは私たちに語られます。「あなたも、深みに漕ぎ出してみなさい。」と。主の恵みは海のように深く広い。その主の恵みの中へ、岸を離れ沖へ出でよと主イエスは語りかけられます。人生に疲れきって弱っている私たちの現実の直中に、主のことばは語られ、深みに漕ぎ出すようにと促されているのです。ペテロのように私たちも「でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」とお応えしたいものです。
「主イエスの手当」 ルカの福音書4章31~44節
日本語の「手当」という言葉は、なんとやさしく、温かく、ほっとさせ、全てを包み込むような気持にさせる言葉でしょうか。幼い日に母から受けた手当を、私はなつかしく思い出します。熱を出した時、おなかが痛くなった時、けがをした時の、ひたいに置かれた母の手、さすってくれた母の手、皆さんもそんな思い出をお持ちではないでしょうか。この「手当」という言葉が、最も似つかわしいお方がイエスさまでした。ルカは「イエスは、ひとりひとりに手を置いて、いやされた。」(ルカ4:40)と記しております。ひとりひとりに手を置いて、おいやしになるイエスさまは、ひとりひとりのための救い主であられます。その人の痛み、悲しみ、苦しみに触れるために来られた、その人のための救い主であられます。カペナウムの町には「手が付けられない」「手も足も出ない」「手に余る」「手の付けようがない」汚れた悪霊につかれた人、ひどい熱で苦しんでいる人、病気で体が弱っている人達が大勢いました。そんな困り果てている人ひとりひとりに手を置かれるイエスさま。イエスさまの手当は、その人を傷つけず、生かすためのものです。その事をルカは「その人は別になんの害も受けなかった。」(ルカ4:35)と記しております。薬害や副作用を引き起こして、人を苦しめたり、体を悪くさせたりはしません。 また「手を置く」という行為は、イスラエル社会の中では「聖別する」ことを意味します。イエスさまが私たちひとりひとりに手を置いて下さるということは、体だけでなく、魂も心もいやされ回復されるということでもあるのです。ところが「イエスは寂しい所に出て行かれ」(ルカ4:42)祈りのために、その手を置くいやしの働きを中断されております。いやされないまま、がっかりして家に帰った人々もいたでしょう。何故イエスさまはそうなさったのか。それは「ほかの町々にも、どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければならない」(ルカ4:43)からでした。他の町に行って、神の福音に生きる喜びを伝えること、それが神のみこころであったからです。「わたしは、そのために遣わされたのですから」(ルカ4:43)という救い主の道を歩み続けられるのです。主イエスの心の中にあったものは「父なる神よ、何がほんとうにこれらの人々の救いなのですか」という、激しい問いかけでありました。そこからやがて十字架の死と死からの復活という出来事が導かれてくるのです。そこにしか真実のいやしはないという、主イエスのまことの救いの道が明らかにされていきます。今ここにいる私たちは、肉体のいやしを経験された方はいないかもしれません。しかしもっと深く、もっと手厚く、確かに私たちをいやして下さる、健やかな主イエスの十字架の罪の赦しの手当、蘇りの永遠のいのちの手当があることをいつも覚えましょう。