「祈るキリスト」 ルカの福音書3章21~22節
人間の最も美しい姿、それは祈る姿です。写真集で見るマザー・テレサの祈る姿に心打たれます。ルカの福音書はその「祈るキリスト」の姿を洗礼をお受けになった場面で描いております。ヨハネの福音書は、主イエスの祈りの内容を詳しく書いておりますが、(特にヨハネの福音書17章)ルカの福音書は祈っておられる主イエスのお姿を強調しております。主イエスは父なる神との深い関係の中で公生涯を送られました。その間、祈りを通して父なる神のお答えを聞き、弟子たちを選び(ルカ6:12)ご自分の道を進まれます。このように主イエスは、祈りをもって救い主としてのお仕事を始められるという重要性をルカの福音書は強調しているのです。祈るキリストの姿を間近に見ていたキリストの弟子たちは自分たちの祈りがあまりにも貧しいので、主イエスに「私たちにも祈りを教えてください。」(ルカ11:1)と願いました。その願いに答えて主イエスは「祈るときには、こう言いなさい。」といって教えてくださったのが「主の祈り」(ルカ11:2~4)でした。主イエスはキリスト者のあるべき姿として「主の祈り」を祈ることを願っておられました。「だからこう祈りなさい。」(マタイ6:9)と言って弟子たちに主の祈りを教えられたのです。いつの時代においても、キリスト者であればだれでも祈りについて教えられ、祈りにおいて成長していくことは、信仰者としての健全な姿なのです。さらにルカの福音書が「祈るキリスト」について強調していることは、主イエスの歩みはどこを切っても祈りの歩みであったことを、ルカは福音書の中で書き記しております。公生涯を祈りをもって始められた主イエスは十字架の上においても祈り続けられました。主イエスの祈りこそ真実に確信に満ちた祈りであったと言うことが出来ます。このことを知る時、私たちの祈りがどんなに小さく、貧しい、心細いものであったとしても、最後に「主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。」と祈ることができるということが、どんなに感謝なことであるか。そのことを覚えたいのです。主イエスは何度もわたしの名によって祈るならば、聞かれないことはないと約束して下さいました。それは主イエスと父なる神との確かな絆によって私たちの祈りが支えられているからであり、父なる神と私たちの絆がそこにあるからなのです。
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「最後まで耐え忍ぶ者」 マルコの福音書13章1~13節
東日本大震災の映像は、驚きと心臓を貫かれるような衝撃を人々に与えました。テレビで放映された生々しい震災の映像は、決して記憶から消えることはありません。あの映像に「小黙示録」と呼ばれている、マルコの福音書13章のキリストが語られた、世の終わりの光景が二重写しとなって迫ってきます。 キリストは壮麗な神殿が崩壊することを預言されました。(マルコ13:2)その預言どおり、紀元70年にローマ軍によってエルサレムの神殿は崩壊しました。人間が造ったものはことごとく崩れ去り、破壊され、消滅するというキリストの言葉が実証されたのです。そして今の時代に生きる私たちにとって、東日本大震災は、警鐘を鳴らす出来事として起こったのです。人間の英知を結集して生み出した最先端技術の原発の施設、建造物、漁船も車も、そして30億円もかけて造られた防潮堤の全てが壊滅状態になりました。これらの震災を前にして「これは想定外の出来事」であったという言葉が何度も語られました。しかしキリストがマルコの福音書13章で語っている世の終わりに関する事柄は、決して想定外のことではなく、必ず起こる出来事であります。そのことを私たちは東日本大震災の惨事を通して認識しなければならないのです。そのためにキリストはマルコの13章の後半で「気をつけていなさい。」(マルコ13:23,33)「目をさましていなさい。」(マルコ13:33,34,35,37)「注意していなさい。」(マルコ13:33)と言葉を連ねて私たちの心を呼び覚まし、この時代をどのように生くべきかを語っておられるのです。そしてこの苦難の時にあって、私たちが貫くべき信仰者としての姿勢は『最後まで耐え忍ぶ人』であれということです。『耐え忍ぶ』という言葉は、聖書の中に何度も出てくる信仰者の特質を表す言葉です。『耐える』とは「ある物の下にじっと留まる」という意味を含んでおります。そこから逃げ出さないで、そこでじっと踏み止まるのです。この『最後』とは一つは自分の死のことです。「自分の死に至るまで立ち続ける」ということです。またこの『最後』とは、私たちの救いの完成の時を意味します。この世の終わりは、救いの完成の時なのです。その望み、その喜びに生きるために『最後まで耐え忍ぶ』のです。 改めて私たちは東日本大震災を通して、神が私たちに何を語り、何を教えようとされているのか、その意味をひとりびとり深く考え、受け止め「目をさまし、注意して」今の時代を生き続けなければならないのです。
「正しい人はその信仰によって生きる」 ハバクク1章1節~2章4節
南ユダ王国のハバククは、神に抗議した預言者です。ハバククがまず神に問うたことは、なぜ正義の神が悪を見過ごされるのか、という問題でした。この問いは現代を生きる私たちにとっても大きな問題となってきます。当時の南ユダ王国は非常に不安定な情勢の中にありました。その中で神様は、南ユダ王国の悪を罰するためにバビロンを起こす、と答えられたのです。しかしハバククはこの神様の答えに対して、残虐な異教徒バビロンによって契約の民イスラエルが滅ぼされるのはおかしい、とさらに抗議をしました。そのハバククに対する神様の最終的な答えは「正しい人はその信仰によって生きる」ということでした。揺るぎない信仰で神様を待ち望む人こそが正しい人であり、その人は生きるのです。またローマ1:17にあるように、神の義がそのような信仰に進ませてくださるのです。苦難というものは信仰を強めもします。私たちも「その信仰によって」生きていきたいものです。
「民衆の中に立つキリスト」 ルカの福音書3章21~22節
3月17日は東北、関東大震災の救援物資の整理、仕分、搬送の奉仕に参加することが出来ました。被災地へ出発するトラックを見送りながら、私の中で、津波のように押し寄せ、地鳴のように響く主イエスのことばがありました。「あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気したとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。」すると、その正しい人たちは、答えて言います。「主よ。いつ私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べるものを差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊らせてあげ、裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたの牢におられるのを見て、おたずねしましたか。」すると、王は彼らに答えて言います。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。」(マタイ25:35~40)今主イエスは、東北・関東大震災で被災された避難民の一人として、援助を受ける人々の中に自らのお姿を置かれ、私たちの傍らに立っておられるのです。この民衆と共に在る主イエスの原初の姿を、まさに今日のルカによる福音書3章21節の洗礼の場面に見ることが出来ます。民衆がこぞって洗礼を受ける列の中に主イエスもおられる。罪のない神の御子が、罪人の間にまじっておられるのです。なぜ、罪のない神の子が民衆の直中に民衆と共に居られるのでしょうか。それは「インマヌエル、神われらと共にいます」そのことが明らかになるためでした。それはまた「まことに、彼は私たちの病いを負い、私たちの痛みをになった。」というイザヤ書53章が描く、「苦難のしもべ」の姿が実現したことをあらわしています。罪のない主イエスが、罪の赦しの洗礼を受けられ、私たちの罪を背負って下さったのであります。それは今から進もうとされる主イエスの姿でもあります。後に「わたしには受けなければならないバプテスマがある。それがなしとげられるまではどんなに苦しむことでしょう。」(ルカ12:50)と言われたことばが十字架を指しているようにヨルダン川の洗礼は、この時すでに苦しみと受難のメシヤの道を指し示していたのです。その「苦難のしもべ」キリストは「私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。」(ヘブル4章15節)そして、今苦難の直中に在る東日本の大震災の被災者の中に立っておられます。その小さきキリストのひとりひとりに、私たちは何をすることが出来るのでしょうか。そのことが今私たちに問われていることなのです。
「人の心の弱さ」 ルカの福音書3章18~20節
「人は生きたように死んでいきます。」。ホスピス医の誰もが語る言葉です。多くの死を看取った者の実感のこもった言葉です。 ルカの福音書は、洗礼者ヨハネの死をわずか二節で(ルカ3:19~20)簡潔にまとめます。その死はキリストの先駆者としての使命に生きた、ヨハネらしい死でありました。ヨハネは言葉をもってキリストを告げ知らせただけでなく、自らの死をもってキリストを指し示したのです。このヨハネの受難死とキリストの受難死にはいくつもの共通点があります。①どちらも時の権力者によって殺されたこと。②埋葬のことが記されていること。③「正しい聖なる人」であったのに裁かれ有罪とされたことなどヨハネの死は、人々に救いをもたらすキリストの贖いの死を指し示しています。何故ヨハネが死に、キリストが死ななければならなかったか、それは時代があまりにも暗すぎたからです。ユダヤ人ではなくよそ者で、しかも姦淫を犯す者が領土を支配している。それを直言する者は首を斬られるという、不正、快楽、暴虐が支配している時代。まさにメシヤが来なければならないそのような時代でした。その象徴として、国主ヘロデが示されているのです。このヘロデにヨハネは悔い改めを迫りました。しかし彼はそれを拒否しました。ヘロデには何度か悔い改めの機会が与えられておりました。まず彼の良心です。ヘロデはヨハネの言うことが本当だと思い悩んでいました。(マルコ6:20)まだ悔い改める余力はありました。またヘロデは主イエスを受け入れる機会がありました。彼は主イエスと十字架におかかりになる最後の日に出会いました。(ルカ23:7~11)しかし彼は権力の座から下りることが出来ず、罪に罪を上塗りし、破滅の道へと限りなく落ちていったのです。ヘロデにとって、主イエスの存在は立ち直る最後のきっかけでありましたが、彼はその機会を永遠に失いました。ですから主イエスは私たちに対して「ヘロデのパン種に十分気をつけなさい。」(マルコ8:15)と警告するのです。「ヘロデのパン種」それは、悔い改めない心。正しい神の声を閉じ込めてしまうこと。どこまでも自分を守り、いろんな理由をつけて自分をかばってしまう在り方です。そのヘロデの傾向が私たちのうちにも潜んでいるのです。そのような弱さを私たちは持っているのです。そのことに注意しなさいと主イエスは警告されるのです。ここで同じ権力者の立場で、同じ罪を犯したダビデのことを思い起こしてみましょう。すべての悔い改めの祈りのうちで、最も偉大なものとされている詩編51篇でダビデは、罪の告白と神の赦しを求めました。罪の重荷に苦しむ者は、この詩編によって恵みの御座に導かれてきました。ダビデは私たちに、聖徒とは悔い改める罪人であり、悪しき者とは、自分を神の憐れみに委ねることを拒む罪人であると告げております。自分の弱さを認めて神に委ねる者でありたいと願います。
「キリストの証人として」 ルカの福音書3章15~20節
ルカの福音書は、3章の冒頭から、「神のことばが、荒野でザカリヤの子ヨハネに下った。」と宣言します。それは、皇帝テベリオの治世の第15年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの国主(ルカ3:1)の時、神のことばは、バプテスマのヨハネの声となって解き放たれ、旧約聖書の最後の預言者マラキ以降途絶えていた預言者の声として、深く長い沈黙の時を突き破り、荒野にひびき渡ります。その声に応じて「ユダヤ全国の人々とエルサレムの全住民が彼のところへ」(マルコ1:5)集まって来たのです。人々はヨハネの語る悔い改めを迫ることばに耳を傾け、洗礼を受け、救い主の到来を信じようとしました。ヨハネは圧倒的な民衆の支持を得ました。その人気、実力からして一宗派の教祖になり得る状況にありました。人々はヨハネについて「もしかするとこの方がキリストではあるまいか。」(ルカ3:15)と考えていたのです。けれども彼は生涯の絶頂に在りながら、救い主の先駆者としての自らの使命『キリストの証人』に徹して生きた人でありました。その象徴的な姿をヨハネの福音書から見ることが出来ます。ヨハネは自分の方にイエスが来られるのを見て、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。」(ヨハネ1:29)と叫び、その指をイエスに向けるのです。荒野で叫ぶ者の『声』(マルコ1:3)として、またイエスを指し示す『指』として、ただキリストのみを紹介し、最後は獄中での死をもって、自らの生涯を閉じました。ヨハネは権力者を恐れず、命をかけて、言うべきことを伝える預言者の生き方を貫きました。神のことばを取り次ぐ者として、ヨハネは自分ではなく、イエスのみに人々の目を向けさせました。そのことは、自らの『キリストの証人』としての限界に踏み止まることでもありました。自分が民衆の要求に応えてキリストになるということはありませんでした。確かにヨハネの最後は悲劇的でした。しかしやがて、主イエスによって「女から生まれた者の中で、ヨハネよりすぐれた人は、ひとりもいません。」(ルカ7:28)と位置づけられました。 そのヨハネの生涯から私たちは、何を学ぶことが出来るでしょうか?それは第一に私たちは、主からある役割を与えられて、生きることがゆるされている者であるということです。ヨハネは自分に与えられたキリストの先駆者としての役割を受け止め、その役割に生きたことが主イエスによって高く評価されました。私たちも神の前に、どこまでも小さな土の器にすぎません。しかし、主イエスはその小さな存在にすぎない私たちに、それぞれ役割を与えて下さり、その役割を忠実に生きるようにと支え導いておられるのです。 第二に私たちの生涯は神の栄光を現すために用いられるということです。ヨハネは、ヘロデの宴会の座興の席の「なぐさみもの」となって獄中死を遂げました。その死は人の目から無駄死のように見えてもヨハネは「私は喜びで満たされているのです。あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。」(ヨハネ3:29)と言い切って、衰えなければならない人生を生き、自らの死をそのように見つめ終えました。どこまでもキリストの御名のみがあがめられ、人々の心に残り続けるようにと願いつつ彼は生きたのです。私たちもヨハネのように「あの方は盛んになり、私は衰えなければならない。」という生き方を喜びに満たされて受け止めることができるのです。なぜなら「女から生まれた者の中でヨハネよりすぐれた人はひとりもいません。しかし神の国で一番小さい者でも、彼よりすぐれています。」(ルカ7:28)という主イエスの確かな私たちに対するまなざしがあるからです。
「監獄のヨセフ」 創世記40章1~23節
ヨセフは侍従長ポティファルの妻の誘惑を退けた結果、彼女の欺きにより監獄に入れられてしまった。しかし主はそこにおいても彼とともにいてくださり、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされたので、彼はそこでなされるすべてのことを管理するようになった。 [1~8] これらのことの後、エジプト王(パロ)の献酌官長と調理官長が主君に罪を犯したことにより、ヨセフのいる監獄に入れられてきた。侍従長はヨセフを彼らの付き人にした。獄中で献酌官長と調理官長は、ふたりとも同じ夜にそれぞれ夢を見たが、彼らはその意味が分からなかった。 ヨセフは「それを解き明かすことは、神のなさることではありませんか。さあ、それを私に話してください」と言った。彼は夢を解くことについては神に聞かなければならないと分かっていた。「私に話してください」と言ったのは、彼がその夢の内容を神に尋ね、教えていただく確信があったのであろう。 [9~15] それで献酌官長が見たぶどうの木に関する夢を話すと、ヨセフは神に示され、三日のうちにパロは献酌官長を呼び出し、彼をもとの地位に戻す。そして以前のようにその仕事をするようになることを告げた。続いてヨセフは自分がヘブル人の国からさらわれてきた者であり、投獄されるようなことは何もしていないと告げ、献酌官長が解放され、もとの地位に戻されたら、彼にも恵みを施し、彼のことをパロに話し、監獄から出られるようにしてほしいと頼む。 [16~19] 続いて調理官長も彼の見た夢を告げるが、ヨセフは厳しい解き明かしを告げなければならなかった。献酌官長とは全く正反対の悲劇的な終末が彼を待っていた。 聖書においては夢の解き明かしは、ヨセフの場合とダニエル書のダニエルの場合のみ出てくる。ともに場所は異邦のエジプトとバビロン。そこは占いや夢解きが盛んであった。主なる神はこのような状況をあえて用いられて、これから起こってくるご自身のみこころを示すことをよしとされたのであろう。しかし聖書が占い等について教えている大原則は、決してそれをしてはならないということ。私たちは自分の生き方や歩みをイエス・キリストに、聖書に聞かなければならない。→申命記18:9~15、使徒3:22~26、Ⅱテモテ3:15~17 [20~23] 三日の後はパロの誕生日であり、彼は自分の全ての家臣たちのために祝宴を張り、彼は監獄から献酌官長と調理官長を呼び出し、献酌官長を元の地位に戻し、調理官長を木につるした。ヨセフの夢の解き明かしの通りになった。ところが解放された献酌官長はヨセフのことを思い出さず、彼のことを忘れてしまった。ヨセフの失望は大きかっただろう。人の思う最善の時と神の最善の時は違う。彼はなお忍耐の時を持たなければならなかった。→ヘブル10:35~36 まことの神を信じる信仰者は、神の忌み嫌われる占い等によって行動するのではなく、まず、神の言葉である聖書を読み、祈り、神に聞こうとする姿勢が大切です。神は私たちを安易な道に進ませず、忍耐を十分に働かせなければならない環境に置かれることがあります。しかし、それは最終的に私たちの益になるのです。
「ヨセフとマリヤ」―そこに見る父と母の姿― ルカの福音書2章51~52節
(Ⅰ)日本語では母親のことを「御袋」と言います。男性が母親をさして呼ぶ言葉です。なんと温かく、ふくよかで、包み込むような大らかさと、どっしりした安定感を与える呼称でしょうか。幼い子どもは自力では生きていけません。自分を守ってくれる「袋」が必要です。つまりお母さんです。そして「袋」が大丈夫ならば、子どもは安心して生きていけます。しかし、母親が精神的に不安定だったり、他のことに気をとられて、子どものことを忘れたり、おろそかにしますと、子どもは「袋」が破れて、自分が落ちてしまうのではないかと、危機感をつのらせ母親の注意をひこうと病気や不登校、拒食、言語障害などいろいろな事態を引き起こします。それでも母親が問題に気付いて「袋」を修復してくれなければ、子どもは落ちて傷つき、ひどい目に遭い、取り返しのつかないことになるのです。それでは母マリヤとイエスとの関係はどうだったのでしょうか。ルカの福音書で描かれた少年イエスと母マリヤについての記述の中で、「母はこれらのことをみな心に留めておいた。」(ルカ2:51)という聖書の言葉が印象的です。神の子としての意識を持ち始めていたイエスの言動は、マリヤには理解出来ないことが多くあったと思われます。このことは子育てにとって何を示しているのでしょうか。それは、子育てというものは子供の全てを親が理解したうえで行っているのではなく、子育ての中心は、親にもわからないその子に対する神のご計画というものがあり、私たちの判断、決断、解釈を差し控えなくてはならないことがあるということを示しております。特に思春期の子どもの場合、表に現れた言動だけでなく、よく考えて落ち着いて「心に留め」見守っていく姿勢が必要です。 (Ⅱ)さて母親の「袋」から出て、外の世界、社会へ出て行こうとする時、今度は父親の存在が重要になってきます。父親は女の子にとっては、母親に代わって守ってもらえる異性であり、男の子にとっては社会を学ぶ存在、そして同性のライバルとなります。この点でヨセフは父親としての役割を立派に果たしたと言えましょう。ルカの福音書が描くキリスト誕生物語での「ナザレからベツレヘムへの旅」(ルカ2:1~5)と「マリヤの出産」(ルカ2:6~7)、マタイ福音書の「エジプトへの逃避」(マタイ2:13~15)に見られるヨセフの父親像は、一家の大黒柱として神の計画の中で、神の導きに従いながら家族を支え導く父親の姿であります。このような聖家族の姿を聖書は「イエスはナザレに帰って両親に仕えられた。」(ルカ2:51)「イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり神と人とに愛された。」(ルカ2:52)という短い言葉でまとめております。ヨセフはイエスに家業の大工仕事を教え、自分の人生経験から学ぶべき良きものをイエスに伝えたことでしょう。そして共に生活する中でヨセフとマリヤからイエスは惜しみない愛を受けつつ育っていかれたのです。 (Ⅲ)こうしてイエスは、最初にヨセフとマリヤを通して、人間について、家族、家庭について、そして社会について教えられ、知恵を深めていかれたのです。現代は父親がいてもその役割が欠如し、子どもの教育やしつけなどあらゆる点で母親が主役となりながら真の「母性」がおろそかにされている時代です。私たちは、恐れと不安の中を生き抜いて神の使命に捧げたヨセフとマリヤに見る聖家族の在り方から、家族と子育ての在りを学ばなければなりません。
「悔い改めの実」 ルカの福音書3章1~14節
ルカ福音書の主題は、『あらゆる人が神の救いを見るようになり』(ルカ3:6)喜びのなかに神に立ち帰ることにあります。そのためにはキリストを迎える心の準備が必要です。その働きのためにバプテスマのヨハネの存在があります。福音書の作者ルカはどこまでもこのヨハネにこだわり続けます。 キリストの誕生物語では、キリスト誕生の前に、バプテスマのヨハネの誕生物語を詳細に描きます。(ルカ1:5~80)それからキリスト誕生物語と続くのです。それはキリストの公生涯の物語においても同じ筆遣いとなります。まずバプテスマのヨハネの使命、その働きを紹介し、その後にキリストのことを書き出します。なぜルカはこれほどまでに、バプテスマのヨハネにこだわるのでしょうか。それは主イエスが語られる言葉に私たちを注目させる前に、まずバプテスマのヨハネの語った言葉に私たちを注目させ、キリストを迎える心の準備をさせたかったのです。その語るべき神の言葉が、荒野でバプテスマのヨハネに下ります。しかも、その神の言葉が世界の歴史の中に組み入れられて、「皇帝テベリオの治世の第15年」(ルカ3:1)という書き出しで始まり、救いの出来事が動き出し、進展していくのです。ルカはバプテスマのヨハネを描くにあたって、彼の「洗礼」の行為よりも、語った言葉に焦点を当てております。その中心のメッセージは「悔い改めにふさわしい実を結びなさい。」(ルカ3:8)という言葉です。しかしバプテスマのヨハネの説く悔い改めの説教は、神の裁きを強調するだけのものではありません。ルカはイザヤ書40章からの引用でマタイやマルコの福音書において引用されなかった「こうして、あらゆる人が、神の救いを見るようになる。」(ルカ3:6)をつけ加え、救いの喜びを語っているのです。その喜びに立ち帰るためには、悔い改めの実を結ばなくてはなりません。それには何か特別なことをするというのではなく、今の置かれている生活の場を大切にしながら、そこで他者、隣人と共に生きよとバプテスマのヨハネは語ります。自己中心ではなく、他者中心、さらに神中心の生き方をせよというのです。困っている人がいたら食べ物を分け与える。取税人にしても兵士にしても決して他者を苦しめたり、困らせたり、悲しませてはならず、かえって他者に対する配慮、他者と共に生きる生き方の中に悔い改めの実を見るのだと、バプテスマのヨハネは訴えるのです。(ルカ3:10~14)そして彼は、これらの言葉を遺言のようにして、国主ヘロデに殺され、ルカ3章20節を最後に聖書の舞台から消えていきます。しかし、「神のことばが、荒野でザカリヤの子ヨハネに下った。」(ルカ3:2)というバプテスマのヨハネの活動は、私たちが受け継がなければなりません。何故なら現代社会もあのバプテスマのヨハネが生きた時代と同じ荒野だからです。その荒野に生きる人々に向かって私たちは神のことばを語り、『あらゆる人が神の救いを見るようになる』(ルカ3:6)喜びに立ち帰るように心の準備を訴え、語り続けなければならないのです。
「主の愛の継承者」 ヨハネの福音書19章23~27節
今、日本社会は急激に変わりつつあります。家族、親族、地縁という絆が成り立たない時代を、私たちは生きております。単身生活の世帯が増え、その結果「孤独死」「身元不明の自殺」「行き倒れ」「餓死」「凍死」する人の数が年間32,000人にのぼります。ある人はそれを「無縁社会」と呼びました。そのことを象徴するかのように、自殺で20才の兄を失ったある女子高校生は、その兄について次のように語りました。「兄は誰からも愛されていないと感じていたと思います。兄は遺書の中でこう言いました。『ホームレスのように葬って下さい』と。帰る家があり、家族という絆があったのに、自分には居場所がないと思っていたのでしょうか。」 この記事から『誰からも愛されていないと感じていたと思います。』という言葉が、重く強く迫ってきます。そして、イエスの弟子ヨハネについて言われた聖書の言葉が鮮烈に浮かんできました。それはヨハネが記しました『ヨハネの福音書』の中でヨハネは、自分のことを『イエスが愛しておられた者』『愛する弟子』『イエスの愛されたあの弟子が』と呼んでいることです。ヨハネはイエスから『愛された者』であるという思いを誰よりも強く持っていたということです。なぜヨハネはそのように言えたのか。それは彼が誰よりもイエスの愛を深く受け止め、イエスとの愛と信頼に満ちた関係を作り上げていったからです。そのヨハネにイエスは『そこにあなたの母がいます。』(ヨハネ19:26)と言われて、十字架上から、自分の亡き後の母マリヤを思い、愛する弟子ヨハネに託すのです。身内ではなく、イエスの愛の継承者とも言うべき愛弟子ヨハネに委ねられたのです。そして、ここに新しい母と子との関係が生まれるのです。『この弟子は彼女を自分の家に引き取った』(ヨハネ19:27)のです。『自分の家』それは『自分のふるさと』『帰るべきところ』と読むことができます。マリヤは『帰るべきところ』に帰ってきたのです。神の家族という居場所に帰ってきたのです。それはある意味で教会の誕生とも言うべき出来事です。キリストの十字架の愛によって、教会の愛の絆が造られたのです。それゆえ私たちは、血縁、性別、年齢、人種、国籍、階級、地位、職業等に関係なく、主イエスに愛された者として、互いに兄弟姉妹と呼び合い、神の家族となるのです。こうした教会の姿を現代社会は求めています。教会のようになりたいのです。現代社会は、神の家族のような愛の絆で結ばれた『有縁社会』を生み出そうと苦しんでいるのです。 人はひとりでは生きることが出来ません。人とは、何かのつながりを必要とする存在です。そこで教会の交わりに生きる私たちキリスト者の存在が重要な意味を持ってきます。私たちはキリストの体なる教会が、この世にあって果たす役割をしっかりと受け止め、その使命を担う者となり、教会の交わりに生きる者でありたいと思います。そのために、私たちがまず『イエスに愛された』という実感、『主イエスの愛の深さ』を毎日の生活の中で味わい続けることを忘れてはならないのです。