礼拝メッセージ

12月11日(日) 礼拝メッゼージ要旨

 

「口から出るもの」             マルコの福音書7章14‐23節
 人をどう判断するかということについて、その人の外側に見える行ないや姿によって判断するのは多いと思います。その時に主な判断基準になるものは内側のものではなく外側のものです。ところが、このようなことは今の時代だけではなくイエス様の時代にも同じような現象がありました。イエス様の当時にも人間の外側の姿や行ないをもってその人が汚れたのかどうか判断する人たちがいましたが、それはパリサイ人や律法学者たちでした。彼らは外側のことを重要視し、それに関する規定を厳しく守りました。そしてその規定を厳しく守ることによって自分たちはきよいと思ったのです。
 本文の内容は、イエス様の弟子たちが手を洗わないでパンを食べる姿を見たパリサイ人や律法学者たちからイエス様への質問で始まりました。そのような弟子たちの姿を見たパリサイ人たちは、如何して昔の人たちの言い伝えを守らないのかという質問をしています(5節)。それに対してイエス様は外側のもの、即ち手を洗わないでパンを食べるという行ないが人を汚すことは出来ないと答えられました。汚い手を食べ物を食べたとしても、その人まで汚れることではありません。何故なら、そのようなものは人の心には入らないで、腹に入ってかわやに出されてしまうからです(19節)。たま、汚い手を食べ物を食べたとしても、その食べ物そのものが汚れることでもありません。
 人間は外側からのもので汚れることではなく、内側のもの、即ち心の中からの悪い考えによって汚れるのです。人を汚すことの根本は心にあるのです。その心には悪い考えがあって、その悪い考えからどんどん悪い思いや行ないが外側に現れて出るのです。私たちの口から出るものはどんなものでしょうか。口から出るとは、心から出ると言うことであって、私たちの心から出るものが御霊の実であるように、いつも御霊の助けと導きを祈り求め、それに従って歩む者となりたいと思います。

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