礼拝メッセージ

6月5日(日) 礼拝メッセージ要旨  

 

「喜び踊りなさい」            マタイの福音書5章10-12節
 本日は八つの祝福の中で八つ目、その2回目になりますが、今日もイエス様は、私たちに「何て幸いなんだ、義のために迫害さえている者よ。」と語りかけて下さいます。ところがこの「義のために迫害されている」という言葉には、すでに私たちが義と認められたという事が含まれているのです。本来、私たちは心の貧しい者でした。自分の心に義ということは何一つも持ってない者であって、その貧しさを悟り、それによって悲しむ者でありました。それで義に飢え渇いた者として神様にその義を切に求める者でありました。そんな私たちが、今やその義のために迫害されている者にまでなったのです。何と驚く変化でしょうか。
 このように変えられた私たちですが、義のために迫害されるという事はどういうことでしょうか。そこでイエス様は「わたしのために迫害される」ことだと説明して下さいます。それは、イエス・キリストに似たためにと言い換えることが出来ます。即ち、イエス様を信じてイエス様の義を求めて、その義に従って生きるために迫害されることです。それは人間の力ではできないことであって、神様の力によって生まれ変わった神様の子どもである記しであるため、義のために迫害されているあなたがたは幸いですよ、ということです。
 そしてその迫害は、私たちが至るようになるところ、将来私たちに与えられるものを教えてくれるので「喜びなさい。喜びおどりなさい。」と言われているのです。私たちが受けている迫害、置かれている苦しみや悲しみ等は全て一時的な事です。全ては過ぎ去って終わりがあります。そして私たちには天の報いが約束されていますし、それも私たちの想像をはるかに超える報いが与えられると約束されているのです。私たちは今何を、何処を見て生きているでしょうか。神様の約束を覚えて、私たちの前に置かれている信仰の道を喜びながら、喜びおどりながら歩んで行く者となりたいと思います。

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