礼拝メッセージ

8月21日(日) 礼拝メッセージ要旨

 

「休ませて下さる主」             マタイの福音書11章20-30節
 私たちは、人生の暗いトンネルを歩んでいる時、そんな自分の側にいてくださるお方に出会ったでしょうか。それは誰だろうと思う方もいらっしゃるかも知れませんが、すでに私たちの側にはそのようなお方がおられます。すでに私たちの側に来られ、私たちと共にいてくださるお方、それはイエス・キリストです。ところが、この世の多くの人々はこのイエス様を知ることが出来ず、自分が背負っている人生の重荷を負ったまま、人生の暗いトンネルの中でさまよっているのです。そのような人々をご覧になったイエス様は深く悲しみ、本文の20-24節を語られました。
 そこに出て来るコラジン、ベツサイダ、そしてカペナウムという地域はイエス様の宣教の働きの中心地であったのです。その地域においてイエス様はご自分のメシヤであることを多くの人々に示し、教えて下さったのです。それがどれ程なのかと言いますと、旧約時代において代表的に神様から裁かれて滅んでしまった町のツロ、シドン、そしてソドムで同じようなイエス様の御業が行なわれたら、その町の人々は悔い改めて裁かれなかっただろうと言われる位のものでした。それほど、驚くべき御業が行なわれたにも関わらず、人々はイエス様を知らなかったという事です。罪深い人間は、そんなイエス様の話しを聞こうともせず、その心を開こうともせず自分勝手に生きていたと言う事です。そしてそのような姿が私たちの姿であった事が教えられています。
 そのように頑なな心の私たちに、イエス様は「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」そして「わたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。」と仰って下さるのです。イエス様のくびきとは、愛することだと思います。神を愛し、隣人を愛しなさいというイエス様の教えを学び、その愛を持って人生を歩んで行く時、真の安らぎが与えられるのです。その愛に満たされて私たちを休ませて下さる主と共に歩んで行く者となりたいと思います。

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