礼拝メッセージ

2月14日(日)礼拝メッセージ要旨

 

「黙っておられるイエスさま」        マタイの福音書26章57〜68節
ゲッセマネの園でお祈りを終えられたイエスさまは、大祭司や民の長老たちに送られた兵士たちにより捕まえられます。この時は既に深い夜中であって木曜日から金曜日に変わる時頃でした。このように真夜中に捕まえられたイエスさまが連れて行かれた所は、大祭司カヤパのところ(57節)でした。ここから直ぐイエスさまに対する審問が始まることですが、しかしこれは当時の規定が何一つ守られてないことです。本来であれば日中に行われなければならなかったのです。その時、大祭司や祭市長たち、それに律法学者たちまでも集まっていましたが、そのような規定などは守らなかったのです。そのような姿について著者マタイは59節で「祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える偽証を求めていた。」と説明しています。
イエスさまに対する審問や裁判、そこには当時の最高議会であるサンヘドリンの人々も集まって行われることでしたが、しかし彼らの目的はただ「イエスを死刑にするために」ということでありまして、イエスさまへの審問は「訴える偽証を求めていた」ことであったのです。ですから最初から審問や裁判に関する規定などはどうでもいいことでした。そのような中で、イエスさまに対する偽証が出されまして、二人の偽証人は「この人は、『わたしは神の神殿を壊して、それを三日で建て直すことができる』と言いました。」と偽りの証言をします。
それを聞いた大祭司はイエスさまに「何も答えないのか。この人たちがおまえに不利な証言をしているのは、どういうことか。」と質問をします。その質問に対するイエスさまの反応は「黙っておられた。」(63節)ということでした。イエスさまは偽りの証言に対して解明することは十分出来たことだと思います。しかし「このすべてのことが起こったのは、預言者たちの書が成就するため」であることを知っておられたイエスさまは、神さまの御心に全てのことを委ね、ひたすら十字架への道を御自ら歩んで行かれたことだと思います。そしてその十字架への道は、他ではなく私たちの罪を赦し、救いのためにでした。ですからイエスさまが不法の裁判においても黙っておられたこと、それは私たちを救ってくださるためだったのです。愛するひとり子を不法の裁判に渡して下さった神さまの愛、その神さまの御心に全てを委ねて私たちを救ってくださる御子キリストの愛を覚えて喜びと感謝を持って歩んで行く者になりたいと思います。

礼拝メッセージ要旨一覧はこちら