礼拝メッセージ

11月16日(日) 礼拝メッセージ要旨

 

「待ち望む」                 マタイの福音書7章7-12節

今日のみことばはマタイの福音書5章から始まる山上の説教の終わりの部分であって、著者マタイはこの終わりの部分に祈りに対する教えを記録しています。それはイエス様が山上の説教で教えて下さった神の民としての生き方を生きて行くことは自分の力だけではできないものであるからです。そうであるから、神様の前で自分の足りなさを告白し、神様のみこころの通りに生きて行くことが出来るように、神様に求めなさいということです。

ですので、私たちは神様に祈り求めて、答えてくださることを信じて待たなければなります。時には、神様のみこころが良く分からなくて悩む場合もあります。私たちが祈ったことを神様が成し遂げてくださる時があるので、その時を待たなければならないのです。神様は必ず答えてくださるので、私たちはその答えを聞くまで祈りながら待たなければならないのです。

今日の聖書には「与えられる、見つかる、そして開かれる」という三つの動詞が未来形で使われました。そしてこの三つの動詞は受動態であって、祈りの応答の主体、すなわち私たちの祈りに答えてくださる方が神様であることを教えます。ですから、私たちが求めて、探して、たたく事に対して、神様が与えてくださり、見つかるようにしてくださり、開くようにしてくださいます。そうなので、私たちの祈りが答えられることを信じて、神様が答えてくださることを待ち望むことができるのです。

神様に求めて待つなら、神様は必ず答えてくださいます。耐え難い大変な試練、心配、苦しみがありますか。神様に祈って、そのお答えを待ちましょう。神様は私たちにそれを乗り越えることが出来る力と勇気を与えてくださいます。そして聖書を通して教えてくださった信仰生活をやって行けるように、私たちの信仰が成熟できるように答えて下さいます。皆さん、私たちが神様に求めれば、与えて下さいます。しかし私たちは成し遂げられるまで待たなければなりません。ここに集まっていらっしゃるすべての方々に、神様が答えて下さる祝福がともにあります様にと願います。

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