礼拝メッセージ

10月7日(日)礼拝メッセージ要旨

 

「神様を見上げる人生」             出エジプト記17章1-7節
 エジプトから出て来たイスラエルの民は次から次へと、色々な出来事の中で神様の素晴らしい力を体験するようになります。分かれた葦の海を渡った事や苦くて飲むことが出来あった水が甘い水に変わったこと、また荒野でマナとうずらを食べたこと等。イスラエルの民はエジプトから出て来て、自分たちが出会う大変なことのたびにモーゼにつぶやき、神様の守りと導きの中での荒野での生活よりエジプトでの奴隷の生活が良かったと話しました。そのようなイスラエルの民に、神様はその問題を解決してくださり、神様ご自身のことを教えてくださってイスラエルが神様の民として歩むことが出来るように導いてくださいました。
 本日の本文でもイスラエルの民は、神様の命令に従ってシンの荒野から旅立って、荒野での旅を重ねてレフィディムというところに着きました。荒野での旅でしたのでイスラエルの民はとても喉が渇いていたと思います。その旅の中で、次のところに着けばそこには水がいっぱいあるだろうという期待を持っていたかもしれません。しかし、イスラエルの民が到着したところには水がありませんでした。そういう問題に直面したイスラエルの民は、モーセと争い、モーセにつぶやきました。それを聞いたモーセは民を争う事ではなく、神様に祈りました。そしてモーセの祈りに対して神様は「わたしはあそこのホレブの岩の上で、あなたの前に立とう。あなたがその岩を打つと、岩から水が出る。民はそれを飲もう。」と仰せられまして、モーセがその通りに行なうと岩から水が出て来てイスラエルの民はその水を飲むことが出来ました。
 そこで私たちが覚えたいことは、神様の命令に従って行ってついたところでも、飲む水がなくて渇きで死にそうなことがあるということです。そして、たとえそのような状況に置かれても、神の民である私たちは神様を見上げ、神様の導きを求めなければならないということです。私たちの人生は神様が導いてくださるのです。その人生の中で苦しみ、悩み、試練等がありましたら、それを乗り越えるようにして下さる神様を見上げる者になりたいと思います。

礼拝メッセージ要旨一覧はこちら